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(R18) 行かないで青春 (HQ)

第10章  爪先にルージュを塗って (R18:赤葦京治)




 *


 心臓が止まったのかと思った。

 それほどまでに驚いたし、視覚でとらえた情報を脳が理解するまでには、悠久とも呼べる時間がかかった気がする。


「お疲れ、木葉さん」

「……赤、葦、先輩」

「弓道部も随分遅いんだね」


 時計の針が八時を過ぎて、日中の不快な湿気が落ちつきを見せはじめた頃。

 私はまたも彼と対峙していた。
 赤葦京治、とんだ仮面被り。

 何を企んでいるのか知らないし、知りたくもないけれど、彼はその冷笑のなかに明らかな毒を孕んでいる。


「さっき話が途中だったから」


 だったから、何だ。

 その先に続こうとしている言葉を推測して、身構えて、唇を真一文字に結ぶ。

 脅されるのか。
 はたまた、いや、脅される未来しか見えない。何かを強要されるに違いない。

 私は想像しうる限りの凄惨な【脅し】を脳内に並べたてたのだが、しかし──


「一緒に食事でもどう?」

「…………え、」

「そのほうが話も弾むしさ」

「え? わ、ちょっ、先輩」


 どういう風の吹き回しなのか。
 一体、何を企んでいるのか。

 赤葦先輩は、私の肩を抱いてスタスタと歩きはじめてしまう。

 文武両道を誇る梟谷学園。
 どの部活も遅くまで活動があり、要するに、学内にはまだ多くの生徒が残っている。

 弓道場から、昇降口へ。
 昇降口から、校門へ。

 更には学園から最寄駅までの道すがらも、ずっと、赤葦先輩は私の肩を抱いたままだった。

 ざっと数えても五十人以上の生徒に見られただろう。


 ああ、明日が思いやられる。


 兄を含むバレー部員と、赤葦先輩に思いを寄せる不特定多数の女子。

 双方からの質問攻めと罵倒を覚悟して、私は、彼と同じ電車に乗りこむのであった。

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