第9章 カレとカノジョの相対性理論 (R18:木兎光太郎)
彼は、何も聞かなかった。
私がなぜ黒尾さんに連れられていたのかも。私がなぜジャズバーに行こうとしていたのかも。
どこから来て。
どこへ行くのか。
そして、涙の理由も。
木兎さんは何も聞こうとはしなかったし、探りを入れるようなことも勿論せず、ただ心配してくれていた。
見ず知らずの私を、だ。
いくら不思議な縁を感じているとはいえ、普通できることじゃない。彼のその懐の深さは一体どこから来るのか。
デリヘルの送迎で女の子の扱いに慣れてるのかも。そう思うと、ちょっと寂しくはあるけれど。
「ほらー、早く、あーんして!」
そしてこの人懐こさである。
私を慰めようとして大量購入してくれたコンビニスイーツ。彼は、その内のひとつを「あーん」してくれなきゃ嫌だと言うのだ。
「してくんなきゃ絢香ごと食べるぞー、いいのかー?」
そのアグレッシブさがどこから来るのかも分からない。甘えん坊なのか。はたまた狼なのか。
摑みどころがないのだ。
分かりやすいようで全然分からない。木兎さん。あなたはどんなひと?
いま、一体何を考えてるの。
「んんー! マジ旨!」
「……そ、それはよかった」
「絢香もひと口食ってみ?」
旨いぜ、ほら。
弾んだ声音で言って、私からプリンパルフェとスプーンを奪って、食べさせようとしてくれる木兎さん。
その黄金と目が合って、沈黙して、私はそれ以上動くことが出来なくなってしまった。
その目、その眼差し。
甘えん坊なんかじゃない。
もちろん狼でもない。
このひと、音もなく獲物を狩って、自分のモノにしてしまう、──猛禽類だ。