第9章 カレとカノジョの相対性理論 (R18:木兎光太郎)
ひょんなことから始まった稀有な夜。黒尾さんが奢ってくれたカクテルは甘くて、なのに辛口で。
目に鮮やかな紅色のお酒。
よく冷えたカシスショットだった。
「そろそろ着くんじゃねえか?」
毛伸びをして、黒尾さんが問う。
「そうスね、頃合いだと思います」
時計を見やって、京治くんが答えた。
彼らの計らいによって、本来の目的地である西口のジャズバーに送ってもらえることになった私。
二人はすでに飲酒をしていたので、送迎は、木兎さんという男性が担当してくれるらしい。
ぼくとさん。
珍しい名前。
一度聞いたら忘れそうにない。
「んじゃ俺、上まで送ってくるわ」
「俺は行かないスよ」
「お前木兎に気に入られてっからなァ」
「有難迷惑です、マジで」
私をエスコートしつつ笑う黒尾さんは、ころころと白い喉を鳴らしていた。
彼らにしか分からない会話。
木兎さんという人のお話。
どんなひとなんだろう。
ちょっと会うのが楽しみになってきたところで、私は【TRIANGLE O-EAST】を後にした。
トライアングル・オー・イースト。
東口の三角形。
間違えて足を踏み入れてしまったここが、この街で一番の集客数を誇るクラブだと私が知るのは、さて、いつになることやら。
「……わ、満月」
階段を登りきって外へ出ると、ひしめくビルの隙間にまん丸な黄金が、──ぽっかりと浮かんでいた。