第9章 カレとカノジョの相対性理論 (R18:木兎光太郎)
「京治、お前車回せる?」
「……俺飲んじゃいましたよ」
「あー、だよな、俺もだわ」
再び音楽を取りもどしたフロア。
心震わせる重低音に耳を傾けて、私はソファに腰を下ろしていた。
眼前には黒尾さん。
自分が大破させたテーブルをまだ直している。ガムテープじゃ直らないと思うんだけど、いや、黙っておこう。
「誰か呼べねえ?」
「えー……あ、木兎さんなら」
「おお、ナイスアイデア」
私の右隣。
ひと一人分のスペースを空けたところに座る少年。彼は、京治くんというお名前らしい。
シンガーを目指しているらしく、このクラブでよく歌っているんだそうだ。なんでも、黒尾さんの主催するイベントには毎回出演しているレギュラーメンバーなんだとか。
「んじゃ呼びますね」
京治くんはそう言って、スマホを片手に店外へと出ていってしまった。
そんなときだ。
ツッキー、こと、ディスクジョッキーの少年がレコードを変えた。ゆったりとしたR&Bがフロアを満たす。
メロウな音に合わせてミラーボールが回り、照明が一段と暗くなって、なんとも幻想的な雰囲気だ。
今まで敬遠してた世界。
生まれて初めての、クラブ。
実はちょっと偏見もあったけれど、それはやっぱり偏見だった。私が間違っていた。
好きな音楽を聴いて、美味しいお酒を飲んで、心満たされていく。それがクラシックでも、ジャズでも、ヒップホップでも、皆同じ。
音楽に格差なんてない。
「……きれいな曲」
「だろ? いい曲だろ? これ京治が歌ってるんだぜ、ちなみに物販ブースにて絶賛発売中デス」
一枚どうよ?
黒尾さんにまんまと営業をかけられて、ついうっかり京治くんのCDを購入した私。
電話を終えて戻ってきた京治くんにサインを頼もうとして、やっぱり、頼めませんでした。私の意気地なし。