第9章 カレとカノジョの相対性理論 (R18:木兎光太郎)
私はどうやらクラブに迷いこんでしまったらしかった。
部活動や蟹さんではない。
ディスコクラブのことだ。
「トライアングル? あー、あのトライアングルか、こっちのトライアングルじゃなくて」
あの、とか。
こっちの、とか。
一体どっちのトライアングルなのか。耳がゲシュタルト崩壊を起こしそうである。
壊れてしまった机をガムテープで固定しつつ、黒髪の男性、黒尾さんはこう続けた。
「反対側だぜ、その店」
「……反対?」
「こっち東口、それ西口」
黒尾さんは私の手から、ひょい、とチケットを抜きとった。骨張った男らしい指が、小さな紙に印刷された文字をたどる。
「ほら、ここ、書いてあるダロ」
「……西口徒歩三分」
「お前もしかして方向音痴?」
「う、ぐ……っち、違いま、すん」
「はいはい図星なのね」
穏やかな口調。
低くて落ちついた声音。
ついさっき、机をフッ飛ばしたときの彼とはまるで別人だ。物腰柔らかな人ほど怒ると怖い。
まさに彼がそれである。
「で? 行くの?」
「……へっ?」
「ライブ、時間、もうすぐだぞ」
黒尾さんに促されてチケットに目を落とすと、たしかに、開演まであと十分もない。
どうしよう。
行きたい、けど。
果たして無事辿りつけるだろうか。
「ったく仕方ねえな」
軽やかな、黒尾さんの声。