第8章 おやつにバナナを含ませたい (R18:岩泉一)
蛍光灯に照らされた階段を上っていくと、やがてそれは見えてくる。
フロア一面がガラスに覆われたパノラマビュー。このホテルが絶景百選に選ばれるのも納得な景色が、そこには広がっていた。
「よ、早いじゃん」
濃紺に塗りつぶされた空。
数えきれないほどの星。
どこからが空で、どこからが海なのか。世界の境界線があやふやになった絶景を背負って、彼がこちらを振り向いた。
大きい背。
黒々とした髪。
海外スポーツブランドのロゴが入ったスウェットに、黒無地のTシャツ。いつも見てる制服姿じゃないからかな。
同級生とは思えないその佇まいに、ちょっとだけ気まずさを覚える。
「階段疲れた、すごく」
「お前がひ弱すぎるんだろ」
他愛ない言葉を交わして、彼の隣に立つ。
見渡すかぎりの星空に目を奪われていると、おもむろにスマホを取りだした彼が、こんなことを言った。
「2時に来るよ、岩泉」
──……え?
問いたげに彼を見上げて、その手のなかで光るスマホに目を向けた。
1:48
デジタル時計がそう告げている。
「だから10分だけ」
「俺にちょうだい」
囁くような彼の、──松川くんの声。