第8章 おやつにバナナを含ませたい (R18:岩泉一)
フライトは残り約2時間。
未だに瀬野はなにも話そうとしない。顔すら上げない。
なおも俺を弄ろうとする及川を、花巻が空気を読んで嗜めてくれたのは良いんだけど。それにしても困った。
ほとんど喋ったこともない瀬野と二人、沖縄に着くまで無言で過ごすのだろうか。
どうすんだこれ。
どうなるんだ俺。
手のひらに妙な汗が滲んで、咄嗟に瀬野側の肘掛けから手を離した。うわ岩泉汗かいてるじゃん、とか思われたくなかった。
ヴヴ、制服のなかでスマホが震える。
【クソ川】
岩ちゃんポッキー食べる?
トークアプリの通知欄に表示された文字を見て、閉じた。即効閉じた。光の速さで閉じた。
ヴヴ、及川は諦めない。
今度はバレー部のグループトークに送ってきやがった。
【クソ川】
絢香ちゃんにもあげる?
それとも二人で食べる?
【花巻】
シェアハピする?
【松川】
なにそれ、楽しい話?
こいつら後でマジどつく。
いや殴る。ブン殴る。
スマホを握りつぶさん勢いで眉根を寄せる俺。鳴り止まない通知。他の部員まで参加して騒ぎたてるもんだから、俺のイライラは最高潮に達していた。
「……あ、あの、……岩泉くん」
「あ゛?」
しまった。つい。
苛立ちのあまり素で返事をして、直後、女子に対してとるべき態度ではなかったと後悔した。
その証拠に、ほら、瀬野が全身を強張らせて俺を見ている。