第1章 キミは宇宙の音がする (R18:灰羽リエーフ)
ピアノはいいなあ、と思う。
私たちが生まれるよりも前から音楽室(ここ)にあって、ただ漫然と、これからもここに在ればいい。
三年という区切りもなければ、卒業も進路もない。いつだって淡い青春のなかに生き、思い出として過去に取り残されてしまうこともないのだ。
「嘘が下手スね、絢香さんは」
「ウソじゃない、……本当に、リエーフのことなんか好きじゃないんだってば」
「だったらどうして!」
どうして。
今日初めて声を荒げた彼は、甚く悲しげにこう続けた。
「……どうして嫌がらないんですか。どうして、拒まないの。お願いだから本当のこと言ってください。このままじゃ俺、……何するか分からない」
ふ、と私を抱くリエーフの腕がその力を失った。失ってすぐ、世界が上下逆さまになる。
背面には床。見上げる天井。
天地が逆転した視界のなかで、リエーフの灰銀髪が微かに揺れている。
「リエ、フ……?」
たどたどしく問うた。
彼は何も言わなかった。
見慣れたはずのライムグリーンを獰猛に光らせて、私の鎖骨あたりに視線を落とすだけだった。
一拍、二拍。
沈黙が続く。
時間にすれば一小節分もなかったかもしれない。けれど私にはこれが永久に感じられたし、自身が置かれた状況を理解するのには、随分と時間がかかった気がする。