第6章 摂氏零度の二人の
「…ねぇ…思い出した?」
「…あぁ…」
今にも磨り潰したいあの苦い記憶。
その日の前日、俺は秋斗とクリスマスプレゼントの話をつけるためにあいつのクラスに向かっていた。
「あの時、多分お前が消えたときにこの記憶だけは消したんだと思う。」
嫌なことほど忘れていく。
それは人の摂理というものだ。少し黙って、秋斗が呟いた。
「こっちに来れば佳奈子に会えると思ったんだよ。」
萩折佳奈子。
家の近所で、中学生ながらに秋斗と付き合っていた。
後で聞いた話では、佳奈子は自分の親の裏稼業を背負っていたらしく、その為に体を売ったり、至れり尽くせりだったらしい。
そして、その事が秋斗にバレてあの教室で浮いていた。
「その事は良いんだ。でも、一言言いたかった。
怒鳴って…ごめんて…言いたかった…」
「…っ…」
かけてやる言葉が見つからなくて、俺はただ流れる涙を見つめていた。
「ごめんね…お兄ちゃん…」
「何言ってんだよ。いつだって泣き虫だったお前が、こうやってお兄ちゃんに怒鳴ってくれるのは嬉しいよ。」
「…ありがとう。スッキリしたよ。」
秋斗はそう言って笑うと辺りが暗くなり始めた。
「な、何だこれ…」
「多分、現世がお兄ちゃんを引き戻してるんだと思うよ。」
「そんな…秋斗も…」
意識が朦朧とし始め、視界もブラックアウトし出した。
「お兄ちゃん、僕はここにいるよ。その代わり、僕のお願いは取り下げて貰うから。」
「でも…そしたら俺はまたお前の苦しみを背負って生きていかなきゃいけないのか。」
「お兄ちゃん、それは違うよ。
お兄ちゃんは僕の事より楓さんの事を思っててあげてよ。」
次第に雪原に体が埋まっていく。
精一杯手を伸ばすが俺の手は秋斗の足にも届かなかった。
「またね、お兄ちゃん。
向こうの世界は、12月24日だよ。」
その声を最後に俺の意識は完全に無くなった。