第9章 「シン」という男
潮風と共に、目の前に広がったのは、広大な青い海だった。
海は水平線の彼方まで続き、小さな島々がいくつも点在している。
海上には、漁猟や交易を営む船があちこちに浮かんでいて、水面に揺られながらゆっくりと移動していた。
海岸に沿って目を向ければ、大陸の形と共に、バルバッドの街が見える。
大きな街並みは、国の真ん中を貫きながら海へと流れる、一本の河川を中心に出来ているようだった。
その川辺には、商店が軒並みになって続いており、多くの買い物客で賑わいをみせている。
「ここが、バルバッド……」
ようやく辿り着いた国を目の当たりにして、ハイリアは嬉しくて涙が出そうだった。
これで、シンドリアへ向かえるのだ。やっと自分の願いが叶うのだ。
誰かと戦うでもなく、逃げるでもなく、平穏な暮らしを手に入れられるはずだ。
「よーし、助けてくれた礼だ。俺がバルバッドの街まで案内してやろう! 」
「本当かい!? ありがとう、おじさん! 」
見えた希望に感動していたというのに、いつの間にか結束しているシンとアラジンの声が聞こえて、あり得ない事態に、ハイリアの気分は、急激に下がっていった。
街で別れる予定が、どうしてこうなってしまったのだろう。
「バルバッドは、古来より、交易で栄えてきた結果、様々な人種や、文化が混じり合って、周辺国とは違った雰囲気を持っているんだ。そして、この国は代々、サルージャ一族という王族が治めてきて……」
市街地に入るなり、街についてぺらぺらと話し出した「シンの案内」は、ハイリアにはさっぱり入ってこなかった。
街に入ったら、この胡散臭い男と別れるつもりだったのに、結局、一緒に行動している現状は、よろしくない。
誠実そうな顔して、近づいてくる賊は山ほどいる。
盗賊の囮役が、被害者のふりをして信用させ、アジトの元まで誘導することもあると聞く。
さっきから、シンの口車にまんまと乗せられていないだろうか。少しでも不信な行動を取ってきたら、逃げた方がいいはずだ。
一撃で倒すには、どこの急所に一発決めればいいだろうかと、ハイリアが考えを巡らせていると、ふと、隣を歩いていたシンと目があった。
「もう少し、俺を信用してはくれないか? 」
視線が合うなり、シンに言われて驚いた。