第19章 緋色の夢 〔Ⅳ〕
「いえ、大丈夫です。国にそんな事情があったなんて知らなかったので、驚いただけですから。これからも、あの傍若無人の神官の面倒を、私に任せてもらえるのですよね? 」
硬くなりそうになる表情で微笑みを作りだし、ハイリアは言った。
「そういうことだ、苦労をかけてすまないな。お前はよくやってくれているよ。お前が来てからジュダルにも表情が増えた。少しはお前と共に仕事に打ち込む姿も見られるしな。
気づかぬかも知れないが、ここ最近であいつは随分と変わった。感謝をしている」
どこまでが本当かはわからないけれど、穏やかに笑ってみせた紅炎の表情に嘘は見られなかったから、少し安堵した。
国の暗がりを見つけて恐くなったけれど、すべてを疑っていたら何もわからなくなる。
「それならば、よかったです」
今度は作らないでも、笑みを浮かべることが出来た。
「ところでハイリア、何か虫にでも刺されたか? 」
「え? 刺されてますか? 」
痒みもないのに紅炎に言われたから驚いた。
「いや、一瞬、赤味が見えた気がしてな、少し横を向いてみてくれないか? 」
「こうですか? 」
言われるまま横を向いた。
「ありましたか、紅炎様? 」
聞いてもなぜか返答が無くて、困惑しながら紅炎をみると、目があった途端、視線を逸らされた。
「紅炎様? どこなんですか、虫さされって? 」
机に肘をつき、少しうつむいているようにも見える紅炎は、なぜか黙り込んでいた。
「……ハイリア、とりあえず髪を下ろしなさい。それで少しは隠れよう」
何を言うのかと思えば、妙なことを言ってきたのでハイリアは首をかしげた。
「髪、ですか? 下ろしてもいいですけれど、そんなに腫れていますか? 」
いったいどこを刺されたのだろうかと、髪がかかりそうな頬や首筋に触れてみたが、どこも腫れている様子がなかった。