第19章 緋色の夢 〔Ⅳ〕
「……わかりました、じゃあ名前はいいです。では、お手伝いしましょうか。ジュダルがいなくてお困りなんでしょう?
もし私にできることならば、力を貸しますよ」
「お気持ちはとてもありがたいのですが、ハイリア殿にはできないことなのですよ」
「そうですか……」
すぐに断られてしまって、会話は途絶えてしまった。何か話すにも急に話題は見つからなくて困った。
「ハイリア殿は面白い方ですな。我らのようなただの供人にさえ、分け隔てなく助けの手を差し伸べようとなさる」
妙なことを男が言い出したから戸惑った。
顔面を布で覆い隠している従者の口元に、薄く笑みがつくられたのがわずかに見えた。
「そんなの困っていることがあればお互い様ですし、当然じゃないですか」
「それは、今のご自身の身分をわきまえて、お話されているのですかな?
貴方様は皇女ではないにしろ、この国において尊き存在となられましたのに」
「身分って……、私は何も偉くはないですよ」
おもしろくない話題に変わってきて、ハイリアは眉をひそめた。
「本当にそうですかな?
失礼ながら、貴方様は市井の、しかも流民の生まれでいらっしゃる。しかし、今や神官殿だけでなく、あの炎帝らに認められ、一介の武官でありながら高い影響力をお持ちになられた。
これは、煌帝国で確実なる地位と権力を持ったことを示すのですよ。
それなのに、偉ぶる様子もなく、権力を振りかざすこともなく、いつまでも染まらずにいられる貴方様が、私には不思議でなりませんね」
「そういうのは、好きじゃありませんから……」
「お優しいお方ですな、ハイリア殿は。宮廷に入られてから官吏たちより受けてきた、辛い待遇に何も思わなかったのですかな?
今ならば、彼らを処分することもできるでしょう。それどころか、陥れることさえできますのに、貴方様には欲というものがないのですかな? 」
「やめてください! 」
考えたくもない話に憤りを感じて、思わず叫んだ。
明らかに不快な表情を示すハイリアを見て、覆面の男はくつくつと笑いだした。