第19章 緋色の夢 〔Ⅳ〕
「困りましたねぇ、至急、神官殿にお力添えを頂きたいことがございましたのに……」
覆面の男はそう言ってため息をついて、空を見上げた。
その男の側を飛び交う真っ黒なルフに、思わず視線を逸らした。
ジュダルと同じ、黒いルフ。闇のようなあのルフの正体を自分はよく知らない。
ただ、この従者たちの側を飛び交うルフも同じなのだから、何か関係があるのだろうとは思っている。
でも、この人達のことを自分はよく知らない。
自分が入り込めない『マギ』の神事とやらにまで関わる『銀行屋』と呼ばれる従者たちが、何者なのかはとても気になるのだけれど、ジュダルの側で世話をしている者だということくらいしか、彼に教えてもらっていないからだ。
それに、ジュダルは『銀行屋』についてあまり語りたがらない。
彼らと自分が話すことさえ嫌うせいで、よくジュダルの側にくるこの従者の男とも、業務的な連絡事項以上のことは話したことがないのだ。
だから、こうやって側にジュダルがいない時に、従者の男と向かい合っている状況は初めてのことかもしれなかった。
何か話してみようかと思って、いつもジュダルを呼びにやってくるこの男の名前すらわからないことに気がついた。
「あの……、あなたの名前はなんていうのですか? 」
突然、聞いたせいか覆面の男はこちらをみて黙り込んだ。
「……私の名などが知りたいと? 」
「ええ、従者の方たちとは顔を良く合わせているのに、私は誰の名前も知りませんから……。あなたはよくジュダルの側にいる人でしょう?
せめて、一人くらい名前を覚えておきたいと思いまして」
「何をお考えかと思えば……。私、一人の名など覚えても仕方がありませんよ。
確かに今は、私が神官殿の供人として近くにいますが、明日には別の者に変わっているのかもしれないのですから。そうやってすべての従者の名前を覚える気でございますかな?
我らは『マギ』である神官殿に付き従う者。名など気になさる必要はないのです」
ひねくれた答えが返ってきて、思わず苦笑した。
さすがジュダルの従者なだけはある。答えてくれるつもりがないらしいとわかって、ハイリアは質問を変えることにした。