第19章 緋色の夢 〔Ⅳ〕
かぐわしい梅の香りが漂う宮廷の庭園で、ハイリアは木に背を預けて座り込み、本を読んでいた。
周りは紅白に彩られた美しい庭園だというのに、本を眺めるその表情は険しい。
時折うなるような声を出しながら読んでいる本のページには、絵柄なんてものはなく、文字がびっしりと書かれていた。
何度かページを戻りながら続けられていた、いっこうに進まない読書にとうとう限界を迎えたのか、ハイリアは本を閉じてしまった。
「だめだ……、難しすぎる……」
膝の上に置かれた本には、『トラン語、入門編』と書かれていた。
ジュダルの書庫に置いてある埃をかぶった書物の中に、絵柄は綺麗なのに文字が読めない本があったのだ。
紅炎にみせにいったら、それがトラン語の童話集だとわかって読んでみたいと思ったのだけれど、トラン語を勉強するならと紅炎から手渡された書物が、思いのほか難しい。
こんな理解できない文字を本当に読めるようになるのだろうか。
覚えることに嫌気がさしてきて、側に置いていたトラン語の童話集をぱらぱらとめくると、色鮮やかな絵画が目に入ってきた。
その脇に並ぶわからない文字の配列に、なんとなく悔しくなる。
気合いを入れ直して、ハイリアは再び難しい書物に目を通し始めた。
「ハイリア殿」
集中し始めた頃、突然呼びかけられたから驚いた。
気づけば、黒いローブに身を包んだ覆面の男が側に立ち、こちらを見下ろしていた。
「お休みのところ申し訳ございません、ハイリア殿。神官殿を知りませぬか? 」
気配をまるで感じなかった、ジュダルの従者でもあるその男が言った。
「あ……、いえ。ジュダルなら、用があるとか言って絨毯で飛んでいってから、まだ戻ってきていないので……」
「そうでございますか……。どこへ行ったかご存じでは? 」
「すみません、近くとは言っていましたけれど、それ以上は……」
勝手気ままなジュダルは、出掛けるときに細かい事を教えてくれることは少ない。