第18章 緋色の夢 〔Ⅲ〕
襲われていても文句が言えない状況だというのに、そのことすら理解していないのだろう。
顔にかかっていた白い髪を耳の後ろへなで降ろしてやっると、髪をまとめている背中に、くれてやった銀の髪留めをしているのが見えて、ジュダルはうっすらと笑みを浮かべた。
真っ白な長いまつげといい、形の整った眉といい、黙っていれば容姿は綺麗な部類に入る。まだ子どもっぽさが残るが、もう数年も立てばそれもなくなるだろう。
白いなめらかな頬に触れ、形に沿って手をすべらせた。ぷっくりとした桜色の口元までくると、やわらかそうな唇に触れてみた。
一瞬、表情を歪ませたから起きるかと思ったが、口元から吐息を漏らしただけだった。
―― ほんと、抜けてるよな……。
これだけ触れても気づかない無防備さに呆れていた時、『神官殿』と呼びかける声が響いた。
面倒なやつが来たと思って屋根の下を睨み見れば、黒いローブに身を包んだ覆面の男の姿があった。
「神官殿、こちらにいらっしゃいましたか」
「なんだよ……、今日はもう用はねーはずだぜ? 」
「何をおっしゃいますか……、午後は陛下の謁見があるとお伝えしたはずです」
「ああ、あの豚野郎か……」
乗り気がしない内容に、ジュダルは顔をしかめた。
「いつも陛下へ姿を見せないようでは、不信を買いますぞ! 今日こそは謁見に……」
「わかった、わかった! 行ってやるから、おまえは先に行って待ってろよ! 」
「必ずですぞ、神官殿!! 」
釘を刺すように言って立ち去っていった男のせいで、ジュダルは一気に胸くそ悪い気分になった。
せっかく午後は、邪魔者がいないと思っていたのに、見事に予定がぶちこわされた。
遊んでやろうと思っていた隣で眠る側近は、あまりに無防備でこのまま放置したら、誰かにとって食われそうな気がした。