第18章 緋色の夢 〔Ⅲ〕
宮廷の真上間近に迫った巨大な氷塊に向かって、ハイリアは手にしている双剣の表面にだけ炎を宿すと乱れ切り裂いた。
―― あれ? 感触が……。
硬いと思っていた氷塊になぜか手応えがないと思った瞬間、切り裂いた目の前の氷塊の断面が剣に沿ってぐにゃりと曲がった。
表面がなめらかになり、ただの水へと姿を変じる。
剣を握る手元に冷たい水が絡み、形の崩れた大きな水玉と飛散した水滴がハイリアの周囲に漂った。
落ちることなく宙に漂う水滴に嫌な予感を覚えたのはすぐのことだったけれど、逃げる間なんてなかった。
急激に集まりを見せた水玉の中に体がのみこまれたのは一瞬のことで、冷たい水に息が詰まった。
水の中にいることに頭が混乱して魔装状態が解けてしまった。
焦って魔装を試みるが、苦手な水中にいるせいで集中できなかった。震える手で銀の腕輪を握りしめたけれど変化がない。
慌てて水から抜け出そうと腕を伸ばしたが、表面に膜のようなものができていて、びくともしなかった。
もがいた拍子に息を吐き出してしまって口元を押さえこむ。
「バァーカ、油断するからだ! 捕まえたぜハイリア、俺の勝ちだな! 」
巨大な水玉の外で、ジュダルがにんまりと勝ち誇った笑みを浮かべているのが見えた。
―― わかったから! 早くこれから出して!!
息が続かなくてハイリアは青ざめた顔で水膜を必死で叩いた。
「なんだよ、早く出せってか? それにしても、おまえ本当におもしれぇー格好してんなぁ。普段女っ気ねーおまえでも、着飾れば変わるもんだな。意外と似合ってんじゃねーか……」
こちらに余裕がないことも知らないで、まじまじと眺めはじめたジュダルに苛立ちながら、ハイリアは水膜を叩く力を強めた。
―― 無理無理! もう息が……!!
限界を迎えて残っていた息をすべて吐き出してしまった瞬間、水玉がぱちんと弾けて胸に空気がすっと入ってきた。
ひどく咳込みながら空中から落ちたハイリアを、ジュダルがひょいと宙で受け止めた。