第18章 緋色の夢 〔Ⅲ〕
「あら、青舜。でも、ハイリア殿の姿がどこにも見えないけれど……? 」
白瑛の声を聞きながら、ハイリアは炊事場の手前から一歩も動けずにいた。
部屋の前で固まっているハイリアをみて、青舜がその手を引いた。
「ハイリア殿、書簡を渡すのではないのですか!? 」
「だって! やっぱりこんな格好でお会いするのは失礼な気が……! 」
足に力を入れて、炊事場に入ることに抵抗を見せるハイリアに、青舜は視線を遠くにしながら言った。
「あ、神官殿だ」
ぽつりと呟くように言われた言葉に、ハイリアは焦った。
「うそ!? 青舜さん! 私、ここにいないって言って下さい! 」
慌てて炊事場の方へ身を隠すように飛び込んだ瞬間、白瑛と目があった。
驚いた表情をみせる彼女と、すぐ側のかまどで何かを作る白龍がこちらを見て目を丸くしている姿が見えた。
「すみません、少しだけ匿って下さい! 」
顔を赤らめて言ったハイリアの肩を、ぽんぽんと青舜が軽く叩いた。
「大丈夫です、ハイリア殿。嘘ですから」
にっこりと笑顔で青舜に言われ、ハイリアは目が点になった。
「え、うそ……? 」
「ええ、嘘です。すみません、『神官殿』と言えば、ハイリア殿も動いて下さると思いまして……」
部屋の前から動かなかったハイリアへのとっさの打開策だったのだと、青舜は言った。
「っな!? なんでそんな嘘つくんですかぁー!! 」
真っ赤な顔で苛立ちながら青舜の胸ぐらを掴みにかかったハイリアをみて、青舜は苦笑を浮かべていた。
「まあまあ、落ち着いて下さいハイリア殿。青舜も、嘘はいけませんね」
白瑛が諭すように穏やかに言った声が聞こえ、ハイリアはハッとして青舜から手を放した。