第17章 緋色の夢 〔Ⅱ〕
「それは無理じゃ。お前さんは、もう買うと言った。交渉はすでに成立しておるのじゃよ。それともなんじゃ、お前さん……、まさかとは思うが、男に二言はあるんじゃったかのう? 」
いつまでも駄々をこねるジュダルを、軽蔑するような眼差しで爺さんは見つめてきた。
自慢の髪と、この選ばされたような髪飾りが、同等の値打ちだなんて思いたくもなかった。
だが、さっき、買うと言ってしまったのは確かだった。気が小さいなどと思われるのだけは、耐えられない。
ハサミをやたらと見せつけてくる怪しげな老人を、ジュダルは睨み付けると、懐から杖を取り出してマゴイを宿し、杖先に氷の刃を作り上げた。
そして、作り上げた氷刀で、自らの髪を断ち切った。
切り入れられた刃は、髪を束ねていた先端の結び目を、大きく斜めに切り裂いた。
結び目が切れ、髪は編み込みがほつれてばらばらと広がり、生まれてから恐らく共にいただろう髪の一部が、束になった状態で手元に残った。
「くれてやるよ、じじい! 」
太い筆先のようにもみえる古くからの髪の束を、ジュダルは店の老人に見せつけるようにして差し出した。
「おお、おお……、そこまでくれるかお前さん! 」
「なんだよ今更……。これで払えって言ったのは、おまえだろ? 」
「はぁ、じゃがしかし、ここまでもらえるとは思わなんだ……」
ジュダルから受け取った黒髪の束を握りしめながら、店主の爺さんはやたらと感嘆し、宝石でも受け取ったかのごとくため息をついていた。
やっぱり妙な爺さんだと思いながら、ジュダルは買い取った小箱を懐に入れた。
「じゃーな、クソじじい! 代金は払ったんだ。俺は行くぜ! 」
「ああ、ちょっと待つんじゃ! こんなにもらったのじゃ、お前さんには特別に一つ言葉を残そう」
「ああ? なんだよ? 」
また面倒くさい事を言い始めたと思いながら、ジュダルは店主を振り返り見た。
「お前さんが選んだものは、暁星じゃよ。必ずお前さんを闇の中からすくい上げてくれるはずじゃ。大事にせい」
老人はそう言って、怪しげな店の中へと戻っていった。