第16章 緋色の夢 〔Ⅰ〕
幼い頃から鍛えられたせいで、戦い慣れてしまったとはいえ、師匠達の趣味に巻き込まれているだけで、ハイリアは別に戦いが好きというわけではないのだ。
しかもその賞金が、師匠達の酒代に消えてしまうのだから嘆きたくもなる。
「ほらほら、ハイリア! お前もそろそろ飲んでみろよ~! 」
あきれ果てているハイリアに、ムトがふざけてブドウ酒の入ったコップを押しつけてきた。
赤紫色の液体から、酸味を伴った強いアルコール臭が漂ってきて、ハイリアは顔をしかめた。
「結構です! そんな苦いもの」
「がはははっ! まだまだガキだなぁ、ハイリアは! 」
ムトの隣に座るジファールが、豪快に笑いながら新しい酒樽を剣でこじ開けていた。
街に到着するまでに、酒はいくつ残るだろうか。
怒鳴ったところで、宴会が止まらないのは何度も経験しているので、ハイリアは諦めて荷台に酔っぱらい達を置いて、馬車の運転をしているスミスの元へと向かった。
馬の手綱を握るスミスの脇に座り込むと、うなだれた。
「すみません。また始まっちゃいました……」
「仕方ないよ、いつものことだし」
商人のスミスはにこやかに笑って言った。
恰幅のいい普通のおじさんに見えるスミスも、実は拳法の達人だったりする。彼は酒を飲まない主義なのだ。
スミスはこのキャラバンの運転手であり、物販に関する経理のすべてを任されている。この人がいなかったら、きっとこのキャラバンは破綻しているだろう。
師匠たちの酒飲みが荒いせいで、このキャラバンはそれなりに稼いでいるというのに、いつもなぜか生活が苦しくなるのだ。
そのたびに、スミスが上手くやりくりしてくれるから、どうにか旅を続けることができている。
本当にどうしようもない時になると、スミスと共に闇市に露店を出したこともあった。
自分が路上で剣舞をみせて日銭を稼いだこともある。農家のお手伝いをして、食べ物をわけてもらったこともあっただろうか。
そして、今回は長い砂漠越えのせいで、その『どうしようもない時』に当たりそうだった。