第13章 テニスコートの出会い/安室
「先ほどはありがとうございました。楽しかったですよ。」
「いえ、こちらこそ。なんだか私の勝ち逃げみたいになってしまってすみませんでした。」
先の試合、互いに2セットずつ取ってはいたものの、ポイントでは私の方が1つ上回っていた。
いえ、あのまま続けてたら僕が勝ってましたよ、と安室さんはにっこりと笑う。
「それよりガットが切れてしまったラケット、そのままだとフレームが歪んでしまいますね。ニッパーが僕の車にあるのでお貸ししましょうか?」
願っても無い申し出だった。
是非!と言うと安室さんは1本のラケットを差し出した。
見覚えのあるそれは間違いなくさっきまで私が使っていたラケットだ。
「そう言うと思って、持ってきました。すぐそばの駐車場に駐めてあるので行きましょう。」
礼を言って彼について行く。
駐車場の隅に駐められていた真っ白なスポーツカーのトランクから工具箱を取り出してくれた。
「さくらさん、余計なお世話だとは思いますが、」
「はい?」
借りたニッパーでガットを切っていると声をかけられた。
その声音は今までの明るい安室さんのものとは全く違うもので、思わず身構えてしまう。
「付き合う人は考えた方が良いと思いますよ。後々取り合えしのつかない事になるかもしれませんから。」
何のことを言われているか分からず首を傾げた。
今日たまたま偶然会った安室さんが私の交友関係を知っているはずがないのに…
何も言えずに黙り込んでいると、遠くで後輩の呼ぶ声が聞こえた。
すると安室さんは今までの爽やかな笑顔に戻って言った。
「ああ、気にしないでください。僕の勘違いかもしれませんから。」