第46章 ポアロにて/T様へ
「さっきさくらさんと話してたんですけど、」
梓さんの瞳がちらりと厨房を確認する。マスターが奥で作業していることを確かめてから、少しだけ声のトーンを落とした。
「安室さんとさくらさんってお付き合いされているんですか?」
少しの沈黙。
驚いた、というより面食らったと言った方が正しいだろうか。まさかこんな質問をされるとは思っても見なかった。
なるほど、さくらさんが慌てて帰った訳はこれの答えに窮したからか。
ふふっと軽く笑って顔の前で片手を振った。
「まさか、違いますよ。ほら、さくらさん車持ってないじゃないですか、大きな買い物する時に車出してあげたんです。それで帰りに少しだけお家にお邪魔しただけですよ。」
「なんだあ、ビッグニュースだと思ったんですけど…。」
残念そうな声でそう言いながら、彼女は割ってしまったグラスの破片を手早く袋へ入れるとキュッと口を閉めた。
「これゴミ捨て場に持っていくので、もしお客さん来たらよろしくです!…あと、お二人お似合いだと思うのでもし本当にそうなったら1番に教えてくださいね。」
ゆっくりと閉まった扉の向こうから大尉ーと梓さんの嬉しそうな声がする。
「そう…なったらいいんですけどね。」
つい口をついて出た言葉は掃除機の騒音に掻き消された。