第8章 ヘッドハンティング/黒の組織
(ヘッドハンティング)
午前6時。携帯のアラームで起きると、リビングから人の気配がした。
この家の合鍵は誰にも渡していないはずで、知り合いの中で無断侵入するような人は1人しかいない。
しかしその該当者はこんなに朝早くに今まで来たことがない。やや不審に思いながらも、リビングのドアを開けた。
そこにはソファーに横になるジンの姿があった。窮屈そうに寝そべる姿に思わず笑いが漏れる。
ふと、テーブルの上に書類が散らばっていることに気づく。ジンの仕事の書類か何かだろうか。朝食をとるのにこれではテーブルが使えない。申し訳ないとは思ったが少し片付けさせてもらおうと手を伸ばした。
弁解をすると、決して最初から中身を見るつもりなどはなかった。たまたま1番上の紙に書いてあった薬の構造式に目が止まっただけだった。
「何これ、見たことない面白い構造してる…APTX4869?聞いたことないけど…何に使う薬?」
知的好奇心から、パラパラと紙をめくっていく。
「…何をしている。」
不意にがしりと手首を掴まれた。
恐る恐る振り向くと不機嫌そうなジンの顔。
「あ、おはよう。朝ご飯食べるのに邪魔だったからちょっと片付けさせてもらってただけ。」
「ほー、ちょっと片付けるだけで中身まで確認する必要があるとは。」
「…ごめんなさい。薬の構造式みたいだったから、ちょっと興味があって。」
正直に訳を話せば、掴まれていた左手は離れていった。