第46章 ポアロにて/T様へ
「ベタベタの恋愛小説ですよね、それ。さくらさんの家の本棚には恋愛系が見当たらなかったのでそういうのは読まないのかと。」
意外です、と安室さんは先程私が閉じた本を指差した。
「普段は読まないんだけど同僚に半ば無理矢理貸されちゃって。」
借りた以上はちゃんと読んで感想伝えなきゃじゃないですか、と肩をすくめると安室さんは納得したような顔をして頷いた。
「それ、来月から映画が公開されるみたいですしね。主演が今話題の若手イケメン俳優だとかで、昨日来た女子高生グループが盛り上がってましたよ。」
借りた小説は帯に書かれたアオリ文の通り、不治の病に冒された彼女と最後まで愛を貫いた彼氏の涙無しでは読めないであろうラブストーリーだった。残念なことにオチが容易に想像出来ていた私の目尻に涙は浮かばなかったのだが。
「うーん、でもやっぱり私の好みじゃなかったかな。恋愛モノってどれも話がワンパターンでイマイチ。…あ、これ美味しい。さっきのと違う豆ですよね?」
湯気の立つコーヒーカップを口に運ぶと心地よい苦味が鼻を抜けた。
「流石ですね、今日仕入れたばかりの種類なんです。酸味が控えめだからさくらさんお好きかなと思って。さくらさんの家のコーヒー豆、酸味の弱いものばかりでしたから。」
さらりとそう言ってのけた安室さんの笑顔に背筋が少し寒くなる。
「…安室さん、さっきの本棚のことと言い私の部屋観察しすぎじゃないですか?今の話聞いてると正直もう二度と家に上げたくないんですけど。」
「そんなこと言わないでください。実は折り入って話したい事があったので近々お伺いさせていただこうかと。」
「いえ、話ならここで聞きます、よ…」