第44章 安息の時はまだ/K様へ
タクシーを近くの駐車場に停めさせると、そこでジンの愛車に乗り換える。
しばらくあてもなく車を走らせ、街の灯りが少なくなってきたところでジンはニックの顔を脱ぎ捨てた。
ぐっと伸びをして、煙草に火をつける。
「二度とやらねえぞこんなこと。」
くそったれ、とジンは煙とともに悪態を吐き出した。
「俺に黙って出かけたと思ったらバーボンなんかと会ってたのかよ。」
言葉の端に苛立ちが垣間見える。
乗せた指でハンドルをひっきりなしに叩いているようなジンを見るのは初めてだった。
心なしか運転もいつもより荒い。
「あの女に借りを作っちまったじゃねえか。」
ジンの何度目かの舌打ちの後、ダッシュボードの上の携帯が光って着信を知らせた。
「俺だ。ああ、そうか。…いや、手間かけさせたな。」
通話を切って再び携帯をダッシュボードに無造作に投げると、車を急転回させる。
「え、戻るの?そうだ、FBIと公安がジンが生きてること疑ってて!シカゴで目撃情報があったから、安室さんがわざわざ日本から来てたんだって!私も疑われてたみたいだから今家に帰るのはやめた方が…」
慌てて捲したてるとジンに鼻で笑われる。
「今ウォッカが安全を確認した。家には盗聴器も隠しカメラも無かったとよ。あのバーボンも自宅の場所までは調べられなかったみてえだな。」
さすがの手際の良さに思わず舌を巻いた。
よかった、と小さく安堵の息を漏らす。
「そういえば何でジンはあのホテルにいたの?」
無理やり連れて来ちゃったけどあそこに用事でも?と問いかけると、車は派手な摩擦音を立てて路肩に急停車した。
予期していなかった出来事に、私の体は思いっきり前のめる。
シートベルトをしていなかったらどうなっていたことか。