第44章 安息の時はまだ/K様へ
「なあさくら、もしかして俺はこの兄ちゃんに口説かれているのか?」
困ったように眉を下げ、肩を竦めてみせたニックに、私は思わず目を疑った。
ジンがこんな演技が出来るとは露ほどにも思わなかったからだ。
それは安室さんも同じだったようで、目をぱちくりとさせている。
「そんなわけないでしょ。失礼なこと言わないで。」
「ええ、僕の勘違いだったみたいです。」
冗談だよ、とアメリカンな笑い方をするニックを見ながら、安室さんには申し訳ないがチャンスだと思った。
2人が話している隙に、ロータリーに停まっていたタクシーに声をかける。
後部座席のドアが開くと同時、ニックの手を取るとタクシーへ押し込んだ。
「安室さん、今日はありがとうございました。」
「ええ。僕はもう少しこちらにいると思うので、もし良ければまた誘っても?」
「もちろん。今度は美味しいパンケーキ屋さん案内しますよ!」
おい、まだか?と車内から声が聞こえてきて、慌てて私も乗り込もうとすると、安室さんにぐっと腕を掴まれた。
「さくらさん、」
しかし安室さんが何かを口にするより早く、私の肩がズシリと重くなる。
「おいおい兄ちゃん、人の女に手を出すのは感心しないぜ。」
頭上から声が降ってくる。
見上げるとニックが背後から私を抱きしめるように覆いかぶさっていた。
「いえいえそんな、滅相もない。」
ホールドアップ、と両手を上げた安室さんはそのままひらひらと手を振った。
「じゃあさくらさん、お元気で。また連絡します。」
私が座席におさまると、タクシーはゆっくりと動き出す。
ちらりと後ろを振り返ると、安室さんがどこかへ電話をかけているのが見えた。