第44章 安息の時はまだ/K様へ
番号を打ち終わる前に背後から声が聞こえて、思わず携帯を取り落すところだった。
ゆっくりと振り向くと、笑顔で首を傾げた安室さんがレストランの入り口に立っている。
「安室さん、どうしてここに?」
画面が見えないようそっと鞄の中へ携帯をしまった。
動作が不自然にならなかっただろうか、気を配る余裕すらない。
「結構お酒を召し上がられていたので心配になりまして。それよりえらく慌てていたようですが、どちらへ電話ですか?」
徐々に近づいてくる安室さんに、無意識に後退る。
「に、日本にいる親戚から連絡が…。」
「日本はまだ朝の4時ですよ。」
「ですから緊急の用件なのかと思いまして。」
数歩下がったところでトンと背中が壁にぶつかった。
これ以上逃げ場はない。
安室さんの、何もかもを見透かしたような目が今はひどく怖かった。
「そうですか。では僕のことは気にせずかけてください。」
手でどうぞと促されるが、まさか安室さんの目の前でジンに電話をかけるわけにもいかない。
いいえ、と首を振った。
「後にしますよ。せっかく安室さんと食事してるのに。」
「僕は気にしませんから。緊急かもしれないんですよね?どうぞ。」
しかし安室さんも譲らない。
適当な友人に電話でもかけようかと一瞬迷ったが、その嘘がバレた時を考えるととてもじゃないが実行には移せなかった。
「やっぱり朝の4時じゃ迷惑かな、と思ったので。ほら、もう戻りましょうよ。まだデザート残ってましたよね?」
強引に安室さんの腕を取って歩き出す。
未だ安室さんは納得がいっていないような表情を浮かべてはいるものの、渋々といった様子で小さく息を吐いて私に従ってくれた。