第38章 賽は投げられた
そっと柱の陰に移動する。
ここからならジンの周囲も含めてよく見ることができた。
しかし次の瞬間私は自分の目を疑う事になる。
ジンに向けられたいくつもの銃口。
背後以外は180度囲まれている状況なのだが、ここは高層ビルの屋上。
あと数歩ジンが後ずされば、真っ逆さまに落ちてこのホテルのロータリーを血で染めることになるのは火を見るより明らかだった。
つまり彼の逃げ場はどこにもない。
カツン、とヒールの音が響いた。そしてやや遅れて革靴の音。
エレベーターから降りてきたその2つの人影は私の横をすり抜けるとそのままジンの横まで進み出た。
スーツの人達が数人、驚いた顔をして手にした銃の照準を僅かにずらす。
ジンの横に並んだのはベルモットと安室さん。
しかしよく見るとベルモットの両腕は後ろに回され、安室さんの左手ががっちりとそれを拘束している。
「やっぱりテメェがネズミだったか、バーボン。」
苦々しげにジンはそう吐き捨てると、咥えていた煙草を靴で踏み潰した。
「ええ。改めまして、警視庁公安部の降谷です。いやあ何度かバレそうになってヒヤヒヤしましたよ。ま、それも今日で終わりですけどね。」
さらりと髪をかきあげた安室さんの横顔はこれまでに見たことがないような表情で。いつもの柔和な笑顔はすっかり影を潜めていた。
「さて。あなた方には証言してもらいたいことがたくさんありますから、大人しく拘束されてもらいたいのですが…。」
安室さんが、公安?つまりスパイだった?
私はずっと騙されていた?
〈付き合う人は考えたほうがいいと思いますよ。後々取り返しのつかないことになるかもしれませんから。〉
テニスコートで安室さんと初めて会った日。
不意に去り際の彼の言葉がリフレインした。