第26章 温泉旅行/安室
(温泉旅行)
「温泉旅行ペア宿泊券…ですか。すごいですね、一等じゃないですか!」
杯戸デパートでは創立祭だとかで福引きをやっていた。
そうとは知らずたまたま買い物に立ち寄ったのだが、そこで偶然病院の患者さんに会い、余ったからと福引補助券を貰った。
自分の買い物した分と合わせて1回だけ回すことができたのだが、なんとそのたった1回で一等賞の温泉旅行ペア宿泊券を引き当ててしまったのだ。
これで一生分の運を使い切った、そう思ったのが昨日の話。
「だから安室さん、一緒に行きません?温泉。」
私はポアロを訪れていた。
この旅行に安室さんを誘うためである。
「え、僕ですか?」
テーブルの上のチケットを眺めていた安室さんは意外だ、という顔をした。
「友人とか会社の同僚とか、ご家族とか誘ってはどうです?」
「友達は結婚してたり子供がいたりで誘いづらいんです。会社の同僚は彼女持ちの男ばっかりだし、家族は遠方に住んでるし。」
「なら蘭さんとかは?喜ぶと思いますよ。」
「チケットよく見てください。”利用日は平日に限る”って小さく書いてあるんです。高校休ませてまで誘えません。」
そこでやっと安室さんは合点がいったようだった。
「なるほど、僕ならポアロのシフトを調整すれば平日でも可能というわけですね。」
「そういうことです。」
しかし、それなら、と安室さんは少し声のトーンを落とした。
「ベルモットやジンを誘えばよかったのでは?僕よりあの2人の方が親しいですよね?」
「もちろん、2人にも話をしましたよ。ベルモットはしばらくLAにいるとかで断られました。ジンは興味ないらしいです、旅行とか。くだらないって言われちゃいました。」
昨晩のジンとの電話を思い出して少しだけ落ち込んだ。
浮かれて電話をした私も悪かったのだが、旅行なんてくだらねえ、と吐き捨てるように言うことなんてないのに。
「『バーボンでも誘ってやれよ、アイツなら付き合ってくれるんじゃねえか?』そうジンに言われたので安室さんのところに来たんです。」
もし安室さんも興味なければ、もったいないですがこのチケットは誰かに譲ることにします…。と言うと目の前の安室さんはにっこりと笑った。
「そう言うことでしたら、喜んで。」