第3章 出会いは必然/ベルモット
彼女は話題が非常に豊富だったし、頭の回転も早く会話が途切れることはなかった。私達が2時間前に初めて出会ったと言って、誰が信じるだろうか。
「ごめんねさくらちゃん、もう閉店なんだけど…」
すまなそうにマスターが声をかけてきてはっとした。時計を見ると4時をまわっている。
明日が休みで本当によかった。
「あら、こんな時間まで付き合わせてしまってごめんなさいね。」
「いえこちらこそ、楽しかったです。また一緒に飲みましょう…えっと…」
はたと気付く。本当に今更だが私はこのお姉さんの名前を聞いていなかった。
「そうね…ベルモット、と名乗っておこうかしら。今日は楽しかったわギムレット。」
ギムレットって…?と問う間もなく、彼女ーベルモットはカウンターにお金を置くと店を後にした。
それは彼女が飲んだお酒の代金にしては明らかに多すぎる。そう、私の分も合わせるとちょうどいいくらいか。
急いで追いかけて外へ出たが、彼女の姿は既に見当たらなかった。
「マスター、今のお姉さんってよく来るの?」
「いや、初めてだよ。天下のクリス・ヴィンヤードが常連だったらサインの1枚くらい飾らせてもらってるさ。」
マスターはカウンターに置かれた数枚のお札を手にすると、やっぱり大女優は違うねぇ、と呟いた。
「さくらちゃんの分も払ってくれたんだろう?クリスに奢ってもらったなんて、一生自慢できるぜ!…あ、ほら、もう閉店なんだから帰った帰った!」
また待ってるよ!というマスターの声を聞きながら、白み始めた街に向けて一歩踏み出した。