第1章 ジョーカーゲーム・神永
「……なんだか、甘えたみたいね」
不意に声がかけられ、俺の手が止まった。
視線を上げていくと、なまえの目が薄く開かれていて、まだ眠そうに何度か瞬いていた。
「肌が、気持ちいいんだ」
「そう、かしら……。貴方も、きめ細かくて綺麗な肌。女性の格好をしてもわからないかもしれない」
「やめてくれよ。俺にその気はない」
「わかってる」
意地悪く笑う彼女に、俺も小さく微笑む。
この表情がすきだ。
……すき?
ああ、誰だって笑顔は好きだろう。そういうことだ。
うろうろと黒目が泳ぎまわり、自分でもいけないと思った時には既に遅く、頬に小さな手が当たる。目の前にはなまえの心配そうな顔。眉尻が下がり、不安気に首を傾げている。
「何か考えごと?困ったことでもあるの?」
優しく尋ねられると本当に困ってしまう。
隠し事は上手い方だと自負しているが、彼女の視線には敵わない。緩く首を横に振り、顔を相手の身体へ寄せて首筋から鎖骨へとキスをしていく。
くすぐった気に揺れる彼女の腰を自分の方へ引き寄せ、耳元に唇を近づけた。
「昨日の続きがしたくなる」
吐息交じりにそう言えば、「……ばかなの?」と顔を淡く染めて、頬に当てられていた手がグイッと押し付けられる。離れろと言っているようだ。
仕方なく俺は彼女の側から遠ざかる。その間をするりと抜けて、形のいい臀部を晒したままシャワールームへと姿を消した。
扉の閉まる音が大きく聞こえる。
俺は肺に溜まった空気を全部吐き出し、広くなってしまったベッドに仰向けに転がった。自分の熱に加え、隣はなまえの温もりが残っている。顔を近づけさせれば、彼女の香りもするだろう。
それも、今日が最後だ。
このあとは、彼女が仕事へ行くのに合わせて俺も出社することになっている。もちろん本当に会社へ向かうわけではない。
定刻に迎えの車がここへ来る手筈だ。それに乗り、その後はもう彼女たちに関わることはないだろう。
顔を隠すように腕を乗せる。
モヤモヤと心が晴れない。何か、やり残したことがあるような気がして仕方がない。
水の跳ねる音が耳に届き始めた。微かに鼻歌も混じっているのが聞こえた。