第5章 ストレンヂア・名無し
眉間にシワを寄せて、できるだけ怖い顔を作ってみせる。それが功を奏したわけではなかろうが、神妙な表情で名無しが「ああ」とだけ答えた。……これもまた信じるには足りないな。
苦笑して、握りこんでいた名無しの手を放るようにして離した。
なにをするんだと口を尖らせる名無しから青い空へと顔をやる。照れくさくなって、玄関口から立ち上がりお尻についた砂を払った。少し湿ってしまったようだが気にはならない。
雨も弱まってきていて、先程よりも太陽が強く感じられた。
馬屋での作業を終えたらしい虎太郎が道具の片付けに追われている姿を捉え、どれ手伝ってやろうかと足を出そうとしたところ。
「なまえ」
名前を呼ばれ、振り返る。
名無しの指が空を差していた。
見上げると、そこには綺麗な虹がうっすらとかかっているのがわかった。
「虹……」
「わかってる」
「……虹を見たら名前を言いたくなるんだよ」
ムッとして言い返せば、名無しが弾かれたように笑った。
なにがそんなにおかしいことがあるのか。雨に濡れた道よろしく、じっとりと彼を睨め上げてやるが、何処吹く風。負けた気がしてならない。
飛丸が吠えた。
仕事道具を手に虎太郎が駆け寄ってくる。完璧に任務を遂行したことを告げに来たのだろう。私はその場に留まって迎えてやることにした。
横には名無し。
眩しそうに虎太郎と飛丸を見ている。
父が彼らへの出立許可を出すのはいつになるだろうか。
それまでに、もういくつ思い出を作ることができるだろう。
日光に照らされ、赤茶色に輝く珍しい髪色に目を細める。
すこし、目にしみた。
……end……