第5章 ストレンヂア・名無し
ゆっくりと手を伸ばして、名無しの頭を撫でる。驚いたように肩が震えたが、何事もなかったかのようにそのままそっぽを向いている。
髪を梳くように指を潜らせ、湿った髪の間を泳がせてみたり、垂れた毛束を耳にかけてやったり……。大きなわんこめ、なんて笑い飛ばしてやろうかと顔を覗いた。
グッと体が強ばった。
頬を淡く染めた名無しと目が合ってしまった。
顔を隠すように口元を大きな手で隠して私と顔を合わせた名無しは、眉間にシワを寄せて小さく呟く。
「なんだよ……」
なんだよと言われても困る。こちらが言いたい。
「あの……撫でて、よかった?」
「……嫌じゃ、ないな」
口元が隠れているのとボソボソと話すせいで声が通らないが、言っている意味は聞き取れた。
耳にかけた髪からひと房掬って、毛先の方へと指を滑らせる。
それに合わせるように、名無しが私に肩を寄せた。距離がぐっと縮まり、私の胸が大袈裟に跳ねる。
彼の手が私の片手を包み込み、自分の方へと引き寄せた。
指先を柔らかく遠慮がちに絡めて袴の裾へ隠すようにして、周囲から……とは言ったものの周りには虎太郎と飛丸しか居はしないが、見えないように降ろす。
ひんやりとした土の感触が手の甲に伝わるというのに、名無しの触れる指先はじんわりと熱を持つ。
「傷が治れば、俺たちは出ていく。少なくとも俺はひとつ所に留まる性分じゃないもんでな」
ビクリと嫌でも心臓が跳ねるのがわかった。
「……それは、本当にアンタの性分の話?」
「まぁ、そう深く掘るなよ」
笑い、きゅぅっと指を締める。
「アンタたちが駆け込むように家に来てから今まで、過去の話なんか一つも聞いたことがない。少しぐらい……踏み込ませてくれてもいいんじゃないの」
柔らかく締め付けられる指を、突き放すように私はそのままにする。
「……楽しい話じゃない」
「どんな話でも、聞きたかった」
グッと喉に力を込める。そうでないと、声が震えそうだった。
遠回しに、彼は何も語らずここを出て行きたいということなのだろう。それも、もう幾日もたたずして。
それがわかると自分の思いをどこへ向ければいいのかわからなくなるのと同時に、彼の中から私が消えていくのがつらいと思えた。
少しでも爪痕を残せたらなどと考えた自分が醜い。
視界が滲む。
隣の温もりが動いた。