第5章 ストレンヂア・名無し
触れ合っていた肩口がすうっと涼しくなった。
離れていく。
名無しが。
先までは突き放すような態度をとったにも関わらず、私は焦って名無しへと顔を向けた。
「そんな顔をするな」
互いに向き合う形で、私の泣きそうな顔を包むように無骨な片手が添えられる。そう言う名無し自身も、少しばかり複雑な表情を見せているというのに。
「つらいのに、強そうな顔をされると思い出すんだ……」
「それって……」
「俺たちと一緒に来いとは、言えない」
私に先を言わせようとはせずに、ガラリと話を変えた。
戸惑いつつも、私は数度頷く。
「行けない。父さんがいる」
独り身なら、あるいは父がもう少し若ければ……。この数ヶ月、彼らと共にこの家を出たいと思ったことは二度三度ではない。だが、思いとどまらせる存在が大きかったのだ。
父を置いては行けない。連れていくには歳が行き過ぎている。私が出した答えだ。それを名無しもわかってくれていることが嬉しかった。
名無しもゆっくりと頷いた。
「だから、絶対にまた帰ってくる」
「……ここに?」
「ああ」
「絶対に?」
「絶対にだ」
力強い視線が私を見ている。大きく優しい手が私に触れている。
信じるには足りないのかもしれない。不安はないとは言えない。それが約束通りに、真実になるかはわからない。だとしても、私は名無しをこれ以上悲しませたくなかった。
「待ってる……待ってる……」
「なまえ……」
苦しそうな目をする名無しを見たくなくて、流れそうになる涙を乾かすように目を瞬かせる。
「その時は、名無しの話をたくさんしてほしい。旅の間にどんなことがあったのか、私たちに聞かせてよ」
「……ははっ、合格点が出るまで引き止められそうだな」
「当たり前。長く会えなくなるんだから」
言って、頬に当てられていた名無しの手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「帰ってくる時は、きちんと自分の足で帰ってきて」
あんなに深手を負った名無しを見るのは御免こうむる。小さな虎太郎や飛丸と一緒なのだ、彼自身も健康体でなければ……それから先の展開は考えたくはない。初めて出会った時も、虎太郎がいなければどうなっていたか……。考えてはぞわりと鳥肌がたつ心地だ。