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ごった煮短篇集

第5章 ストレンヂア・名無し


聡い子どもだ……。
頬を熱くさせて小さな影から地面へと目線を下げ、もう大丈夫だからと優しい手を払うような仕草をする。無理には追いかけてこずに、そのまま自分の首にかけて「そうか?」と首を少し傾ける。
なんとなく照れくささが抜けずに、私は馬屋の見える戸口前の地べたに座り込んで雨が止むのを待った。

屋根に落ちていく雨音を聞いていると、スっと気持ちが落ち着いていく。
父親も診療先で雨宿りができているだろうかと思いを馳せる余裕ができた頃に、隣に名無しも同じように座り込んだ。

「……なんだか飛丸みたい」

「……そいつは俺のことか」

「ほかに誰がここにいるの、大きな飛丸さん」

笑って、向こう側にいる本物の飛丸に手を振る。地面にぺたりと垂れていた尻尾がフサフサと動き出した。かわいい奴だ。
ただ口を開けているだけなのに笑っているように見える飛丸の顔が愛らしく、思わずこちらもニコニコと笑顔になってしまう。

さて、大人しくなった隣の大きな飛丸さんはどうしたかと思い顔を向ければ、不機嫌そうに唇を尖らせて、膝に肘を置いて頬杖をつきながら私を恨めしげに睨む。
不穏な空気に少しばかり気まずさを感じ、同時に不安を掻き立てられた。

「……怒ってる?」

「いいや。向こうの飛丸さんには優しいのになと思ってな」

思ってもいなかった言葉にきょとんとして、すぐに頬が緩んでしまう。

「ふふっ、構ってほしかったの?」

「別に」

「病床にいた頃は誰も近くに居ないことが多かったしね。気が付かなくてごめんなさいね」

「そんなんじゃねぇって」

照れくさそうにそっぽを向いて肩をすくめる名無し。
長い髪がはらりと落ちる。綺麗な赤い髪。

私よりも大きな体をしているくせに、どこかいつも寂しそうな空気を纏っていたのは錯覚ではなかったのだろうか。力が強くとも、どうにもならないことがこの世にはあるのだと、彼の背中が小さく丸まって見えた。
私がそう感じただけで、実際には全く違う思いでいるのかもしれないが、そんな彼を放っておけずに気にかけてしまうのが事実。自分の気持ちに気が付かないほど、私もどん臭くはない。

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