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ごった煮短篇集

第5章 ストレンヂア・名無し


「問題なさそうだ」

「……そう、よかった」

「なんだ、淡白だな。自分で診てた患者だ、もっと喜ぶものかと思っていた」

「一番に喜ぶのは父さんだよ。あの人、自分の患者が元気になっていく姿を見ている時が一番優しい顔になる」

娘としては寂しいものもあるが、そんな父親が誇らしくもあるので何も言うまい。

視線を落として名無しから逃げた時、耳を打つような雨音がした。
バラバラと突然降り始めた雨は、カーテンを引くように向こうからやってくるのがハッキリわかった。しかし空は明るくいい天気のままだ。
通り雨か、と思った。

「洗濯物!!」

慌てて外へと飛び出し、私は馬の横に立つ虎太郎に濡れないよう暫くその場で待機するよう命じて家の近くにある物干し竿へと走り寄る。
馬屋の真正面に位置しているので虎太郎の姿も見えるし、危ないことはないだろう。なんなら名無しもいる。

次第に雨が迫ってきていて、これはもう間に合わないなと両手いっぱいに洗濯物を掴んで引っ張る。もう半分ほど残るのを横目に駆け出す後ろを、大きな影が覆う。
ザーッと大きな雨粒が私の頭を打った。
むわっとした熱気を湛えながら振る雨に顔を顰めながら、なんとか家の中に洗濯物を放り投げ、さて残りの洗濯物をと振り返ったところで思わずヒッと喉が鳴った。

「なんだよ。手伝ってやったんだ、礼は言われても文句はないが、悲鳴は聞き捨てならないな」

「名無し、いつの間に……」

髪の先端からぽたりぽたりと雫を垂らしながら立つ名無しの手には、先程諦めて残してきた洗濯物が。
とりあえず、ご所望だった礼を言って預かり、中からそこそこ乾いている布を手にして彼に渡してやる。

せっかく結った髪を解いて、乱雑に拭う姿に思わず見惚れる。
着物の隙間から覗くいくつもの傷跡に、彼の今までの軌跡が残っているのだろう。一緒に旅をしてきた虎太郎なら、私よりももっと良く知っているのだろうなどと柄にもなく羨ましく思ってみたり。

「お前も濡れているじゃないか」

「ぅわっ……」

言うが早いか、私の頭に自分が使った後の布を被せて、これまた乱暴に拭い始める。太陽の匂いと少しの雨の匂いとに包まれながら、大きな彼の手を感じていると、馬屋から虎太郎が笑っているのが見えた。
ニヤッとこちらを見ていたかと思えば、すぐに視線を逸らして自分の仕事へと向き直る。
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