第5章 ストレンヂア・名無し
「……悪い」
「ああ、いやいや無事でなにより。それより、何にそんなに……」
仔太郎の視線を追ってみれば、馬の手入れ用にと汲んできてもらった水を美味しそうに飲んでいる飛丸の姿が。
馬に使うのだと言って持ってきたものだから、違う用途に飛丸に使われて動転したのだろう。それがおかしくて、思わず私は声も大きく笑ってしまった。
「飲ませてあげな。飛丸も暑い中遊び回って喉も乾くだろう」
「……んなに大口開けて笑うなよ」
うっすらと頬を染めて、むうっと唇を尖らせて恥ずかしそうに怒る姿もかわいらしい。弟が出来たようでくすぐったい。
仔太郎の頭を無造作に撫でてやり、ついでに飛丸の首もかいてやる。
そこで、目の前に影が覆いかぶさったことに気がついた。
視線を上にやると、髪を一つに纏めながら私を見下ろす名無しと目が合った。一人前に動けるようになったのは最近で、無理をするなと言うのに、動いては傷を開くので完治までは結構な時間がかかったものだ。
髪も染めることができずに、次第に赤く剥げていく色を見て驚いたのだっけ。今も幾分か伸びた髪を邪魔くさそうに縛り上げているのは、綺麗な赤い髪である。
「楽しそうにやってるな」
薄く口元に笑みを浮かべ、私の前に同じように座り込んで飛丸の頭を撫でる名無し。気持ちよさげに目を閉じる彼を少し羨ましく思いながら、笑って仔太郎を指し示す。
「仔太郎が良くやってくれてるよ。覚えもいいし、アンタが動けなかった時にも色々と働いてくれた」
「そりゃよかった。もっと使ってやってくれ」
顎で虎太郎を示して口の端を上げてニヤリと笑う名無しに、「何おう!?」と食ってかかる小さな体が宙を舞いそうになっている。
危ないからと体を支えてやり、小さな手を私の肩に乗せてバランスを取りながら踏み台の中央に足を揃えて立ち、再び馬の大きな体に向き合った。教え始めた当初より上手くなった手さばきを見ながらも、足りない部分を補足してやる。
その横で飛丸と水で遊ぶ名無しに目をやり、傷の具合はどうかと尋ねた。
飛丸から顔を上げて私の顔を見、肩を回したり、傷口を撫でたり、着物の裾を少し上げて足元を確認したり。暫くして再度顔を上げた名無しと視線がかち合う。