第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
「…いいのか?」
普段、杏寿郎が発する声量とは程遠い声で、問いかけてくる。
それが杏寿郎なりの気遣いだとわかっていて、蛍は胸に埋めていた顔を上げた。
「杏寿郎が、いいの」
体の震えはまだ残っていた。
見上げる赤い瞳にも不安定さが残る。
それでも杏寿郎を求めた蛍に、これ以上の問いかけは愚問だった。
了承の言葉は一つとも口にせず、杏寿郎の両手が蛍の頬を包む。
頸に微かに触れた体温に、ぴくりと蛍の身が強張る。
それでも杏寿郎は止まらなかった。
ゆっくりと唇を重ねて深く交える。
滑り込ませた舌で歯茎をくすぐり、上顎を掠め、舌を絡める。
「ん、ふ…っ」
拳を握った手は縋ることなく、それでも舌を伸ばし応えようとする蛍の懸命な姿に、胸は熱くなる。
帯紐は解けたまま、前開きにはだけた浴衣を脱がすには容易い。
裾を軽く引くだけで、ぱさりと呆気なく肌を滑り落ち布団の上へと伏せた。
「ぁ…」
唇を離せば、零れ落ちる羞恥の息。
頬を赤らめ、身を震わせ、それでも逃げずに杏寿郎の前で肌を晒す蛍。
淡いランプの光に照らされた一糸纏わぬ姿に、ほうと杏寿郎は感嘆の息をついた。
「本当に綺麗だな」
「そんなにじっと見ないでってば…」
「無理だ」
「っ」
「瞬き一つでさえ、君を見逃していたくない」
背中に手を添え、優しく柔らかな裸体を布団に寝かせる。
「諦めてくれ」
「…じゃあ杏寿郎も」
「?」
「私だけ…は、恥ずかしい、から…」
恐る恐ると伸びた鋭い爪を持つ手が、黒い帯に触れる。
口元に笑みを乗せたまま、杏寿郎は少しだけ眉尻を下げた。
「構わないが、君のように見栄えするものじゃないぞ」
自ら紐を解き、重力に従った着流しがはだけ開く。
日々の鍛錬によって鍛え抜かれた筋肉の上で、幾度と激しい戦闘を交えたであろう、大小様々な傷跡が物語る。
着物の上半身を脱いだまま鍛錬の汗を流す杏寿郎を、偶に見かけることはあった。
その時は特にどうとも感じなかったはずなのに、今は違う。
右胸の上を走る鉤爪に削られたような跡にそっと指先で触れて、蛍は目を細めた。
「ううん。…きれい」