第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
「…そうか」
静かに耳を傾けていた杏寿郎が、その口を開く。
「だが生憎俺は、君との出会いを偶然だとは思っていないぞ」
「…?」
「君が鬼だから出会えたんじゃない。蛍だったからだ」
暗く沈む赤い目に映る、向日葵のような花がひとつ。
蛍とは対象的に、口角を上げて笑う杏寿郎の姿だった。
「例え君が茶屋で働いている町娘の一人であっても、俺は見つけ出すだろう。蛍だったからこの感情を見つけられたんだ。人であっても鬼であっても、俺が選ぶ相手は君だ」
ふわりと鼻を掠める日向の匂い。
麦畑のように光る柔らかな髪。
「だから君は君のままでいい。以前も言っただろう。迷い、葛藤してもいい。例えそれが蛍にとって面倒なことだとしても、俺はそうは思わないからな」
爛々と光ってさえ見える瞳が、少しの迷いもないことを告げていた。
「言っただろう? 想いを告げた日に。君が抱えている痛みを、許されるならば共に抱いていたいと。面倒だと思うはずがない。寧ろそうして己の感情を伝えてきてくれることが、俺は嬉しい」
不安や憤りなど何もない。
花開く太陽のように笑う杏寿郎に、蛍の暗い瞳に光が差し込むようだった。
こみ上げるものに、ぎゅっと強く目を瞑る。
溢れた感情が瞳を伝って、零れ落ちる前に。
「む?」
そのままぽすりと、目の前にある広い胸に蛍は体を傾け飛び込んだ。
「杏寿郎は本当に、おひさまみたい」
どんなに深い暗がりの中に迷い込んでいても、見つけて照らし出してくれる。
蛍の体を焼く灼熱の陽とは違う、温かな光だ。
「……私は…杏寿郎みたいに、真っさらじゃないの」
胸に顔を埋めたまま、ぽそぽそと力無く告げる。
その言葉が何を意味するのか。問いかけようとした杏寿郎の言葉は、腕の中で伝わってきた微かな体の震えに、止まった。
「それでもいいなら…杏寿郎に、愛されたい」
震えながらも求める手が、杏寿郎の背に添えられる。
「私も…杏寿郎の想いなら、全部、受け止めたいって思うから」