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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの



 頬に触れた手が、髪を梳くように撫でてくる。
 その無骨な指先が頸に触れただけで、ひくりと喉が引き攣った。


(なん、で)


 影鬼の中で、今一度自分の過去を覗いた所為なのか。
 目の前の手と重なるのは、愛していると言いながら頸を締めてきた男の手。


(なんで、こんな時に)


 あの男に抱かれる前も、抱かれた後も、他の男にだって幾度も抱かれた。
 優しく愛してくれた者もいれば、身勝手に蹂躙してきた者もいる。
 そんな男達の体に幾度組み敷かれようとも、こんな痴態など見せなかった。

 怯えて弱者に成り下がることなど。

 身体を組み敷かれても、心は組み敷かれない。
 男達の相手をする時は常に心を無にして、最小限に声を抑えて、偶に感じるふりをして。
 ただただ時間が過ぎるのを願った。

 それが何故、杏寿郎の前ではできないのか。


(…杏寿郎だからだ)


 考えてみれば何も可笑しな話ではなかった。
 初めてその腕の中で安らぎを感じて、初めて心を開いた相手だ。
 彼の前では心を無にすることも、偽りの仮面を被ることもできない。
 したくはないと、蛍の心が否定する。

 初めて裸の心で向き合った相手に、奥底に住まう感情を隠せるはずなどなかった。


「…っ」


 喉が震える。


(…ああ、)


 そんな相手など、生前一度も願ったことはなかった。


(私…こんなに、)


 姉だけがいればいいと思っていたはずだった。


(杏寿郎のこと)


 熱い想いに何かがこみ上げて、鼻の奥がつんとする。


(好きに、なってたんだ)


 溢れたのは、自分の過去に嘆く哀しみではなく。
 初めて見つけた想いへの、慈しみだ。

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