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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの



「ぁ…ごめ、なさ…ッ」

「……」

「なんでもない、大丈夫。ちょっと驚いただけ、で」

「…よもや怖がらせてしまったのでは」

「そんなことないッ」


 一抹の不安を口にすれば、即座に否定された。


「杏寿郎は怖くないよ」


 慌てて起き上がり、伸びた両手が杏寿郎の手を握る。


「怖くない、から」


 必死に伝えてくるその様は偽りには見えない。
 ただその言葉が、以前聞かされた答えと重なる。





『今も人は怖いか?』

『…杏寿郎は、怖くないよ』





 花畑の中で静かに告げた蛍の答えは、杏寿郎の望んだものではなかった。
 つまりそれは、その他に恐怖を感じる相手がいるということなのか。


「君は…」

「…何…?」

「…いや、」


 先程恐怖の色を称えて見上げていたのは一体誰に向けてなのか。
 問い掛けそうになった言葉を、杏寿郎は既のところで呑み込んだ。

 そんな言葉を吐き出してしまえば、胸の内に巣食う邪な思いが形を成してしまいそうだった。
 蛍の恐怖の対象となっている者への、歪な思いが。


「驚きはしたが、俺は平気だ」


 ゆっくりと息を吐き出すように告げる。
 杏寿郎のその応えに、ほっとしたのも束の間。


「しかし…蛍が平気ではないようだな」

「え…?」


 続いた言葉に、蛍は綻びそうになった口元を止めた。


「なんで? 私は大丈夫だよ」

「本当か?」

「っ」


 徐に頬を大きな片手に包まれる。
 びくりと反応を示したものの、今度は逃げ出さなかった。

 じっと動かない蛍の目が杏寿郎を映している。
 真っ赤な血のようにも見える瞳の中に、映っているのは確かに杏寿郎の姿だ。


「これ以上進めれば、俺自身理性を保てるかもわからない。そんな状態では君が怯えても配慮できない」

「…怖く、ないよ…」

「わかっている。君が怯えているのは俺じゃない。俺越しに見ている何かだ」


 見透かすような強い瞳を前に、蛍の目線が下がる。

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