第5章 柱《弐》✔
「あんまりみっともない姿をしてたら、注意してくれていいよ。自分じゃ、その感覚がいまいちわからないし…」
牢獄生活を初めて、もう半年は裕に越えた。
人間の時は当たり前に気を付けていたことを、鬼になってからは気を付けなくなったことがある。
一番の変化は、食事を取らなくなったこと。
簡単に病気になんてならなくなったから、体の清潔感もそこまで気を付けなくていい。
でもそれがみっともない姿に繋がっていたら、それはそれで恥ずかしいけれど。
声も小さく杏寿郎に頼めば、目の前まで来た体が止まった。
「みっともなくなどないぞ! それに彩千代少女は身形を気にするよりも、生きることに必死だっただろう? すべきことをしていただけだ。そこに"みっともない"などの感情はない」
見上げた杏寿郎の真っ直ぐな目と重なる。
と、凛々しく太い眉がほんの少しだけ下がる。
「しかし彩千代少女が女性だということを、すっかり失念していた。もっと早くに湯浴みをさせてやればよかったな」
「っそんなことない、よ」
鬼である私を人と同じように扱ってくれているだけで十分だから。
咄嗟に頸を横に振って、一歩前に出る。
そうだ。
お風呂のお礼、言わなきゃ。
「お風呂、凄く気持ちよかった。お家のお風呂って初めてだったから、凄く楽しかった。ありがとう」
「そうなのか?…稽古時くらい、この屋敷の風呂場を利用して構わないぞ」
「ぃ、いいの?」
「それなら甘露寺も喜ぶだろう」
横で凄い笑顔の蜜璃ちゃんが、黙っているけど凄く何度も頷いてくる。
そ、そんなに喜んでくれてるんだ…。
でも、杏寿郎のその気遣いが素直に嬉しくて。
つい口元が綻んだ。
「ありがとう、杏寿郎」
「……」
「…?」
…あれ。また笑顔のまま杏寿郎が固まってしまった。
じぃっと見てくる見開いた目の視線が強いから、何か変だったかとそわっていると…あ。
「…うむ」
ようやく動き出した杏寿郎の大きな手が、ぽふりと私の頭に乗る。
そしてくしゃりと、優しく頭を撫でられた。