第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
牙は杏寿郎の舌を掠めただけだった。
元々出血も少量だった為か、何度も深く口付けを交せば、血の臭いも然程気にならなくなる。
しかし鬼である蛍は違った。
微かな血の味も匂いも敏感に細胞が感じ取り、反応を示す。
「ふ…ッん、う」
唾液を滲ませた舌が、尚も血を欲するように杏寿郎の口付けに応える。
縋るように着流しの裾を握っていただけだった爪先が、深く着物に食い込んだ。
「──集中」
血に誘惑され快楽に墜ちていく蛍の変化は今に始まったことではない。
以前、身を持って経験した。
だからこそ完全にその意識が堕ちないようにと、繋ぎ止める。
ゆっくりと重心をかけ、布団の上へと蛍の体を押し倒した。
「俺の血じゃなく、俺に集中しろ。──蛍」
静かに声を張る。
大声ではないものの凛と響く杏寿郎の言葉に、血に染まった蛍の瞳が揺れた。
「っきょ…じゅ、ろ」
「そうだ」
辿々しくも告げるは確かに人の名だ。
理性の糸を繋げた蛍にふと口元を和らげると、杏寿郎は影を作るようにその体に覆い被さった。
「目の前の感覚に身を任せることは悪いことじゃない。だがその感覚は誰が与えているものなのか忘れるな」
「…ぁ、」
ゆっくりと這うように伸びた片手が、浴衣の上から蛍の胸に触れる。
優しい手つきだが、形や柔らかさを確かめるかのように、意図的に触れてくる。
大きな手に包まれるように揉まれ、親指の腹で胸の突起を引っ掻かれると、細い体がひくりと跳ねた。
「ん、ぅ」
「(吸血の所為か?)…布越しでも感度がいいな」
空いた手で浴衣の掛衿を掴み崩せば、白い喉元や鎖骨が覗く。
微弱なランプの光でもわかる白さに目を細めて、杏寿郎は薄い皮膚へと吸い付いた。
ひくりと、また蛍の体が震える。
「ぁ、ぁ…」
頸や鎖骨に吸い付くリップ音と、小さな嬌声だけが響く。
浴衣の隙間から滑り込んだ手が、直に触れた胸に愛撫を繰り返した。
(柔い、な)
女性しか持ち合わせない二つの果実。
手に吸い付く程にきめ細やかで、一度その感覚を味わえば離したくなくなる不思議な魅力があった。