第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
今の杏寿郎の血は、初めてその血を貰って飲んだ時と似ていた。
あの時のような強い吸血衝動はない。
それでも欲しくなる。
飲んで、酔って、溺れてしまいたい。
そう鬼の本能が告げるかのように。
「前に約束させただろう。他の者の血を飲む時は、目を瞑っていること。しかし俺の血を飲む時は、」
「目を、開けていること…」
「そうだ。目を開けて、俺だけを見ていろ」
初めて杏寿郎の血を飲み、一瞬だが理性を飛ばした。
その為に今後はこの規律を守るようにと杏寿郎に約束させられた。
杏寿郎以外の者から血を貰う時は、惑わされ過ぎないように意識と共に目を瞑れと。
目を開けるのは、師の前だけにしろと忠告を受けた。
「俺も注意を怠った、これは俺に非がある。これ以上己の血は流さないと約束しよう。だから蛍は何も心配しなくていい」
口元を覆い隠す蛍の両手を、ゆっくりと引き離す。
血を口に含んだものの飲み込むことは理性で止めることができた。
その為か、舐め取られることなく蛍の唇に付着している赤い血が、まるで紅を差しているようにも見えて。
「俺だけ、感じてくれていたらいい」
「杏じゅ…んっ」
紅い唇に、迷わず食らい付いた。
今度は牙で血を流さぬようにと、注意を払って蛍の口内を犯す。
ふるりと身を震わす蛍の目が、驚きのものから血に感化されるものに染まるのを見た。
飢えが抑えられていても、血を口に含む行為である。
舌を絡め、唾液を交えると、僅かでもその血を飲み干すこととなる。
それが蛍の理性を少しずつ溶かしていくようだった。
「ぁ…ん、ふ…ッ」
抑えていた声が漏れ始める。
その声を聴き漏らすまいとするかのように、杏寿郎は紅く小さな唇を尚も貪った。