第14章 燈火の 影にかがよふ うつせみの
一つの部屋で生まれる、穏やかな時間。
一頻(ひとしき)り髪の柔らかさを堪能した後、杏寿郎はゆっくりとその手を下げた。
蛍の気配が日常で感じるそれと同じものとなった様子を確認して、不意に話題を変える。
「そういえば、先程は何を見ていたんだ?」
「見てた?」
「こうして背中を丸めていただろう? 一人、俺を待つ間」
背中から覆い被さる筋骨隆々な体は、いとも簡単に蛍を包み込む。
下から掬(すく)うように指を絡めながら、杏寿郎の手が蛍の両手を握る。
「何をしていたのかと、思ってな」
最初こそきょとんとしていた蛍だったが、杏寿郎の説明にやがてその時のことを思い出した。
ああ、と呟いた声が小さなものに変わる。
「…ちょっと、物思いに耽っていたというか…」
「物思い、か」
「大したことじゃないよ」
「ふむ…」
「…杏寿郎?」
柔く握り返してくる手には、鬼特有の鋭い爪。
それでいて温かみのあるその白い手は。
「小さいな」
「?」
「蛍の手は」
「まぁ、一応…女では、あるから…」
自分でも可愛げのない応えだとは思ったが、出てしまったものは仕方ない。
しかし杏寿郎は「そうだな」と告げると、気にしていない様子で見つめる目をほんの少しだけ細めた。
「蛍にとっては当然のことかもしれない。だが俺は知らなかった。鬼という生き物の、手の大きさなんて気にしたことなどなかったからな」
「……」
「触れると温かいことも。鼓動が息衝いていることも。俺は鬼のことを知っていたつもりで、何も知ってはいなかった」
だから、と告げて。
「ありがとう。俺の下へ来てくれて」
優しい吐息が、うなじをくすぐる。
「俺を選んでくれて」
指を絡めていた手が離れ、口元へと触れる。
「俺のものに──」
その先の言葉は聞けなかった。
大きな手に顎を取られて、向かされた先。
明るい金と深い朱の瞳の奥に灯火を見つけた矢先に、互いの唇が重なる。