第13章 鬼と豆まき《弐》
「……」
大きな瞳が尚も見開く。
金輪の中心に宿る深く赤い瞳の奥に、ちりりと燃える小さな灯火。
(あ、また──)
気の所為ではなかった。
目の前で灯る瞳の炎に、蛍の目が瞬く。
その前に。
「──」
口元を隠していた杏寿郎の手が離れた。
と思った時には、既にそれは目の前にあった。
唇に熱。
口付けられていると気付いたのは、蛍が瞬きを終えた後だった。
長いようで一瞬の出来事。
ふ、と熱を帯びた吐息を零して、ゆっくりと杏寿郎の顔が離れる。
「…参ったな」
そう言いながらも、口元は弧を描き笑う。
瞳の奥の灯火は消えていない。
「ざわめく感情の名前は見つかったのに、今感じるものの名前が見つからない」
頬に触れていた大きな手が、くしゃりと蛍の髪を梳く。
「…愛しい、のだろうな…俺を映すその瞳も、俺を呼ぶ声も、俺に触れる体温も。全て」
「っ」
「全て、俺のものにしたい」
背に触れた手が逃すまいと蛍を引き寄せる。
大きな腕に抱きしめられて、どくりと鼓動が跳ねた。
(もしかし、て)
その時、蛍は唐突に理解した。
瞳の奥に垣間見えていた灯火は、杏寿郎の感情そのものだ。
炎のように熱く、焦がれ、燃え上がる。
「蛍が欲しい」
それはただ純粋に相手を欲する、色欲だった。
菖蒲と白詰草の花畑の中で、蛍が欲しいと告げた言葉とは大きく意味が違う。
それを蛍も理解できたからこそ、広い背に腕を回すのを躊躇った。
この抱擁を受け止めれば杏寿郎の色欲は更に燃え上がるのか。
それを受け止められるだけの覚悟が、自分にはあるのか。