第13章 鬼と豆まき《弐》
「え、ええと…杏寿郎?」
「……」
「おーい…?」
「…気付かなかった」
「え?」
「言われてみれば…嗚呼、確かに……よもやよもやだ…」
「え。と。うん」
無自覚の嫉妬だったのだろう。
いつもの声の張りとは比べ物にならない程、か細い声で己を叱咤する。
不甲斐なさより羞恥が上なのか、片手で覆い尽くせていない頬は赤く、いつもは凛々しく上がっている眉は眉間に寄せられていた。
(どうしよう。すごく、可愛い)
俯く杏寿郎とは裏腹に、思わず身を乗り出しそうになる蛍は更に顔が熱くなるのを感じた。
見たことのない杏寿郎の一面を、垣間見た気がして。
「あの、ね。だから私も同じなの。杏寿郎だけ情けないとか、不甲斐ないとか、そんなのないよ」
自然と伸びた手が、膝に乗っていた大きな掌を包み込む。
「それに、ちょっと嬉しいんだ。それって、私のことをそれだけ特別視してくれてるってことだから」
誰にでも平等で、包容力があり、時には厳しい決断も下せる柱の鏡のような杏寿郎だからこそ。
その彼の特別な想いが自分に向けられているのだと思うと、どうしようもなく顔が緩んでしまう程に嬉しくなるのだ。
「でもこれは憶えていて。私は自分の意志で此処にいるの。自分で望んで、こうして杏寿郎の手を握ってる」
鬼として流れ着いた結果が、此処であった訳ではない。
自ら望んでその手を取ったのだ。
「こうして触れたいって思うのは、杏寿郎だけだし…触れると安心するのに、どきどきもするのは、杏寿郎だから」
両手で包んだ掌を自身の頬に寄せる。
大きな掌から伝わる熱が、まるで伝染するかの如く。
温かく心を覆い、そして熱くする。
「杏寿郎からは温かくて、陽だまりみたいな匂いがする。鬼になってから、もう太陽を見ることも、感じることもできなくなってしまったけど…」
ほんのりと頬を染めたまま一呼吸置いて。
蛍は照れたように、はにかんだ。
「私のおひさまは、此処にあるから」