第13章 鬼と豆まき《弐》
恐る恐ると伸びた細い腕が背へ回る。
しかし触れることはできなかった。
蛍の踏み切れない覚悟を悟るかのように、先に動いたのは大きな腕。
(…あ)
蛍を抱きしめていた抱擁をそっと解くと、離れた顔がにこりと笑う。
「…すまない、自分が汗塗れだったことを失念していた。不快な思いをさせただろう!」
「ぅ…ううん。そんなことない、けど」
「いや、折角蛍に陽だまりのような匂いと言われたんだ。汗臭さで上書きしたくはない!」
張った大きな声も、常に口角の上がった表情も、日頃の杏寿郎そのものだった。
先程見た欲を含んだ瞳は、幻だったかと思う程に。
じくりと、蛍の胸の奥が燻(くすぶ)る。
「さて、俺も汗を流してくるとしよう。鍛錬はここまでだ! 蛍は先に休んで──」
「杏寿郎っ」
腰を上げて早々と去ろうとする杏寿郎に、咄嗟に伸びた手がシャツの裾を掴む。
燻る感情は杏寿郎と同じ灯火なのか。蛍自身もわかり兼ねたが、ここで離しては駄目だと思った。
この熱の灯火を、消したら。
「ほ…欲しいなら、あげる、から」
「──!」
振り返ったまま、杏寿郎の動きが止まる。
その目は、見上げてくる赤い鬼の瞳の中に、
「だから…いかない、で」
小さく燻る、色を見た。