第13章 鬼と豆まき《弐》
「なんだ?」
「特別な呼び方って言うなら、天元だってそうだよ。私のことを猫娘とかなんとか、気持ち悪い呼び方するの天元だけだし」
「あれは戯れの一種のようなものだろう? 宇髄は何かと他人をからかうのが好きだからな。ただ蛍への距離感は偶に受け付けないが」
「…蜜璃ちゃんは? お風呂だってよく入るし、井黒先生が目で殺しにかかってくるくらい、よくあの胸に飛び込ませて貰ってるけど(飛び込むっていうか巻き込まれるっていうか)」
「甘露寺は俺の元継子だ。つまり蛍とは兄弟弟子、又は姉妹弟子とも言おうか。そんな二人が仲を深めることは、とても良いことだと思うぞ!」
「つまり…何も感じないと?」
「そうだな。誇らしく、また喜ばしい気分になる!」
「成程」
はきはきと答える杏寿郎に、ふむと顎に手を当てて考え込む。
黙り込んだまま俯く蛍に、杏寿郎の頸も横に傾く。
(それってつまり、あれじゃない…?)
「蛍?」
「…ゃ」
「や?」
取り零しそうになった言葉の欠片を、ぐっと呑み込んで。
(やきもち!というものでは!!)
ぷすりと熱い湯気を顔から上げた。
「や。なんだ?」
「…イエナンデモ」
特定の異性との関わりだけに感じる胸のざわめきなど、愛だの恋だの現を抜かせば誰だって通る道だ。
「(じゃあ何か。義勇さんや不死川に、やきもち妬いてたってこと? あの誰にでも平等に対応する杏寿郎が?)…ちなみにもう一つ訊いていい?」
「なんだ?」
「今まで、その…恋仲になった相手は、私以外で、いるの?」
「いや、いない。煉獄家を継ぎ柱となり、鬼を滅することだけに誠心誠意を注ぎ込んできたからな!」
「成程(ああうん…そんな感じする。わかる)」
精神論のようなものは蛍より長けた杏寿郎だが、対特別な異性との関わりとなると違ったようだ。
それこそ誠心誠意を込めて己の感情と向き合おうとする杏寿郎だから、どんな大層な苦悩かと思えば。
蓋を開ければ、それは蛍の内面にも巣食う、なんてことはない感情だった。
(いや、なんでもなくないな。大事だな、うん)
「先程から俯いたり頷いたり、忙しそうだな」
「感情は忙しないです。色んな意味で」