第13章 鬼と豆まき《弐》
自らが築き上げた実力や肩書きは確かなものだ。
しかし他者の心は移ろいゆくもの。
どんなに屈強な志を持っていたとしても、その心は何をきっかけに折れるかわからない。
そんな父を持ったからこその、ざわめきなのか。
人の心に絶対などない。
いつもそれが壊れる時は、硝子細工のように呆気ない。
その感覚を杏寿郎は知っていた。
蛍もまたこの手に掴み切れぬまま、すり抜けてしまうのではないか。
「己に絶対の意志があったとしても、他者の思いに、生き様に、絶対などない。…いつかは俺の下を離れて、蛍が何処かへ行ってしまうこともある」
「そんな…私は何処にも行かないよ。というか何処にも行けないし…鬼だから」
「鬼であっても、この鬼殺隊で生きてゆく術を君は見つけ出した。いずれその世界はもっともっと広がるだろう。蛍にとって、良いことだ。ただ…」
ようやく上がる視線が蛍を捉える。
その目は優しく、眉尻を下げて苦く、笑った。
「他の者との距離感だったり。俺の知らない蛍の一面を他の者が知っていたり。そういう些細なことで、稀に胸がざわめくんだ」
「距離感…?(あ。だから)」
宴のことで向けられた杏寿郎の不可解な言葉はそこに繋がっていたのだと、蛍もようやく理解した。
「でも杏寿郎の知らない顔を、他の人に見せたりなんか…」
「柚霧」
ぴくりと蛍の口元が震えて止まる。
その一瞬の変化を杏寿郎は見逃さなかった。
「不死川にだけ呼ばせるその名は、不死川にしかない理由があるのだろう?」