第13章 鬼と豆まき《弐》
「嬉しいんだ」
「…嬉、しい?」
ひと呼吸置いて、ゆっくりと話し出す。
空になった湯呑みの奥底を見つめるようにして。
「鬼の君が、徐々に周りの人々と和解し距離を縮めていくことが。人が怖いと俺に告げた君だからこそ。目に見えて蛍の進む道が広がっていることが、俺はとても嬉しい」
それは純粋な喜びだった。
この世のうねりにいつ押し潰されて消えてしまうかもわからなかった命の灯火。
それを自ら燃やし上げ、一歩ずつでも歩む道を広げている。
それは他者との関わりだけでなく、自らの腕を磨き独自の力を築き上げることも、等しく。
彩千代蛍という者の生きる選択肢が、様々な形となり増えていく。
教え導く師としても、これ程の喜びはなかった。
「君を見ていると、新たな可能性に心が湧く。自身の中にも新しい可能性を見つけられた。蛍だけでなく、己が共に成長できていることも、とても嬉しいんだ」
煉獄杏寿郎とはそういう男だった。
例え元炎柱の実父に否定されても自分自身を信じて突き進んできた。
最愛の母を失くし、自暴自棄になった父と、まだ物心のつかない弟を抱えた少年期。
自らが煉獄家を支えていかなければならないと覚悟したのは、十代に入ったばかりの頃。
葛藤や躓きもあった。
しかし落ち込んでいる暇などなかった。
自分が歩みを止めれば煉獄家の歩みも止まってしまう。
代々炎の呼吸の使い手として鬼狩りを行ってきた歴史を持つ、その血故か。
前を向き、心を燃やし、歩み続ける。
鬼を滅し、悪しきを罰し、弱き者を助ける。
そうして進んだ先には、苦しみの果てでも必ず何かを掴むことができた。
「…なのに稀に、"ここ"がざわめくことがある」
しかし人の心は力や立場とは違う。
初めて求めた、全く自分とは異なる者の心。
その形はあやふやで掴もうにも掴み切れない。
湯呑みを置いて、その手が触れたのは汗で湿気たシャツの上。
己の胸に触れて、杏寿郎の視線も等しく落ちる。
「蛍の心を知ることができた。その心は俺に向いてくれていた。何を不穏に思うことがあるのか」
たった一つでも紛うことなき光があれば、突き進むことができた。
なのに何故、と。